28/08/2026
大河ドラマ『豊臣兄弟!』特集ページを公開しました。
「あの場面、史実ではどうだったのか」
第1回から第33回まで、全話ぶんの史実解説をそろえています。あらすじではなく、通説がどこまで本当なのかを一本ずつ検証しました。
たとえば——
・墨俣一夜城は、信頼できる同時代の史料には出てきません
・「姉川の戦い」という名前は、勝った織田側の呼び方でした
・清須会議で勝家が三法師に反対した、という話は創作の可能性が指摘されています
・お市の方は北ノ庄城で「城を出られなかった」のではなく、娘たちを送り出したうえで残りました
そして賤ヶ岳の「美濃大返し」。
大垣を午後2時に出て、木之本に午後7時着。52キロを5時間、時速およそ10キロです。フルマラソンを4時間で走るのとほぼ同じペースを、甲冑の軍勢がやってのけました。
からくりもわかっています。秀吉は街道沿いの村に先回りで使者を送り、炊き出しと松明を用意させていたのです。軍隊の足を止めるのは戦闘ではなく「飯」と「暗さ」ですから。
ゆかりの城は、すべて現地の写真つきで解説しています。玄蕃尾城には、勝家が本陣を置いたときの土塁がいまもそのまま残っています。
特集ページはこちら
https://www.jp-history.info/taiga-toyotomi-kyodai
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