旧白洲邸 武相荘

旧白洲邸 武相荘  東京都町田市にある白洲次郎・正子夫妻の旧邸宅。 現在は「旧白洲邸・武相荘」として記念館・資料館となり一般公開されている。

 武相荘の名の由来は「武蔵の国と相模の国の境に位置する」事と「無愛想」を掛けたもの。
 武相荘の歴史は1942年10月、白洲夫妻が当時の東京府南多摩郡鶴川村(現在の東京都町田市能ヶ谷)に農家を購入した事に始まる。その数年前から白洲夫妻は、戦況の悪化による空襲や食糧難を予測して農地の付いた郊外の家を探しており、当時の使用人の親戚が鶴川村で駐在をしていた縁で購入した。
 当時の次郎は日本水産・帝国水産統制株式会社(後のニチレイ)役員であったが、職を全て投げ打ち、退職金を注ぎ込んで購入した。内部は荒れていたため当初は東京市新宿区水道町(現在の東京都新宿区)にあった自宅から通い、ゆっくり修理すればよいと考えていたが、戦況の悪化に伴い1943年5月に正式に転居。自給自足の農民生活を始める。次郎41歳、正子33歳だった。
 以後の次郎は終戦まで専ら農作業に勤しんだ。 当時から次郎は「カントリージェント

ルマン」を自称。敢えて中央の政争や喧噪から距離を置き、地方に在住しつつ中央の情勢に目を光らせるという英国貴族の考え方で、これはケンブリッジ大学留学時代の学友で生涯の親友である、7世ストラトフォード伯爵ロバート・セシル・ビングの影響が大きいと言われている。

 1943年、戦火を免れるため梅若流の能面・衣装など先祖伝来の品を預かる。 1945年、東京大空襲で焼け出された河上徹太郎夫妻と同居。以後も親交を深める。
 敗戦後、次郎は吉田茂の要請で終戦連絡中央事務局の参与に就任してGHQとの交渉や日本国憲法制定、通商産業省(現在の経済産業省)設立に尽力し、政界引退後は東北電力会長などを歴任。
 正子は青山二郎や小林秀雄との交流を通じて骨董・随筆家として活躍するが、夫妻とも亡くなるまで武相荘を住まいとした。
 1985年に次郎が、1998年に正子が死去。 2001年10月より記念館・資料館として一般公開。 2002年11月、町田市指定史跡に認定される。

メインの展示場正面玄関入り口、秋展のお迎えは正子のお気に入りであった海上がりの常滑のオオツボに、サンキライと錦松のオブジェです。
14/09/2026

メインの展示場正面玄関入り口、秋展のお迎えは正子のお気に入りであった海上がりの常滑のオオツボに、サンキライと錦松のオブジェです。

秋展正面はバーナードリーチのスリップウエアです。イギリスの固有の焼き物に日本の民芸作家方がチャレンジし、リーチさんも母国の民芸に日本で挑戦したようです。
12/09/2026

秋展正面はバーナードリーチのスリップウエアです。
イギリスの固有の焼き物に日本の民芸作家方がチャレンジし、リーチさんも母国の民芸に日本で挑戦したようです。

秋展の引き続き正面に、オランダの印判手のチョコです。明治になってから日本でも発色の良いベロアイの食器が多く作られるようになったようです。
11/09/2026

秋展の引き続き正面に、オランダの印判手のチョコです。
明治になってから日本でも発色の良いベロアイの食器が多く作られるようになったようです。

武相荘の秋が始まりました。入り口正面はデルフトの古い染付大皿です。景徳鎮を追いかけて頑張ったようですがコバルトの発色が悪いのですがかえって趣があります。
10/09/2026

武相荘の秋が始まりました。
入り口正面はデルフトの古い染付大皿です。
景徳鎮を追いかけて頑張ったようですがコバルトの発色が悪いのですがかえって趣があります。

正子が好んでいたユウガオが入り口の門のわきに咲きました。
08/09/2026

正子が好んでいたユウガオが入り口の門のわきに咲きました。

夏休みも終わり、武相荘の秋展が本日から始まります。ご期待ください!
07/09/2026

夏休みも終わり、武相荘の秋展が本日から始まります。
ご期待ください!

本日で武相荘の夏展終わりです。しばらく夏休みをいただき9月8日から「秋展」として再開させていただきます.
22/08/2026

本日で武相荘の夏展終わりです。
しばらく夏休みをいただき9月8日から「秋展」として再開させていただきます.

杉野服飾大学の教授と生徒さんによって持参いただいたボディーに、丁寧に鹿鳴館ドレスを着せていただき生き物のようにドレスが生きました。プロの仕事とはこうゆうものかと息をのみました。
21/08/2026

杉野服飾大学の教授と生徒さんによって持参いただいたボディーに、丁寧に鹿鳴館ドレスを着せていただき生き物のようにドレスが生きました。
プロの仕事とはこうゆうものかと息をのみました。

白洲正子の祖母が着て鹿鳴館にかよっていたロングドレスです。優雅でもうあまり残っていない貴重な資料になりました。杉野ドレメの教授が点検して下さり、何人かの生徒さんも手に取って勉強しました。機会を見て展示しようと思います。
20/08/2026

白洲正子の祖母が着て鹿鳴館にかよっていたロングドレスです。
優雅でもうあまり残っていない貴重な資料になりました。
杉野ドレメの教授が点検して下さり、何人かの生徒さんも手に取って勉強しました。
機会を見て展示しようと思います。

住所

能ヶ谷7-3/2
Machida, Tokyo
195-0053

営業時間

火曜日 10:00 - 17:00
水曜日 10:00 - 17:00
木曜日 10:00 - 17:00
金曜日 10:00 - 17:00
土曜日 10:00 - 17:00
日曜日 10:00 - 17:00

電話番号

042-735-5732

ウェブサイト

アラート

旧白洲邸 武相荘がニュースとプロモを投稿した時に最初に知って当社にメールを送信する最初の人になりましょう。あなたのメールアドレスはその他の目的には使用されず、いつでもサブスクリプションを解除することができます。

その団体に問い合わせをする

旧白洲邸 武相荘にメッセージを送信:

ショートカット

共有する