24/08/2026
2026年8月22日(土)、KHJ全国ひきこもり家族会高知県支部やいろ島の会さんのご共催とご協力を得て、高知市にある居場所「といろ」で出張ひ老会 in 高知(第89回ひ老会)を開催いたしました。
高知県内はもとより香川などの近県からもご来場くださり、当初の定員は15名としていましたが、会場内でビッシリとお詰めいただいて19名の方にご参加いただきました。
東京での「ひ老会」は近年、当事者・経験者の参加が7割を超えていますが、地方での開催では逆に親御さんなどご家族の方の参加が7割以上になる傾向があるようです。ここ高知でもそうでした。
家族の方の第一の関心事は、大方のところ「当事者である子どもとコミュニケーションが取れない」というものです。
ある70代の母親からは、「親としては距離をとっているつもりだが、40代のひきこもり当事者である子は、親である私に依存したくて寄ってくるときと、私から離れたいときがあるようで、こちらとしては常日頃から一貫してどのような距離感で子に接してあげたらよいかわからない」という悩みが語られました。
ある80代の親御さんからは、「当事者である子は、家の中でも自分の存在を感じさせないように息を殺して生活している。だから親の私たちも家の中で声が出せない。気配からすると、どうも子は自分の部屋で酒を飲んだくれているらしい。親は『見守れ』とさかんに言われるが、ほんとうにこのまま見守っていればいいのか、と不安になっている。私たち親が死んだらどうなる、という思いもある」
と心配を口にされました。
このように話題提供や問題提起されたケースをもとに、後半では皆さんの自由闊達なクロストークにより、さかんに意見交換や提言が行われました。
社協などの支援者の方も参加されていましたが、「支援者が話をする時とはまた違った内容と展開。おおいに参考になった」と新鮮に受け止めておられました。
「ひ老会」ではどこで開催しても「親が死んだらどうする」という不安が大きな部分を占める傾向にあります。
その不安が語られるのが、親の立場からであるときと、子(当事者)の立場からであるときでは、不安の内容が少しちがうようにも聞こえます。
すなわち、親の立場から「親が死んだらどうする」と問われるときは、「子であるお前を社会に参加させ経済的に自立させる前に私たち親が死んでしまったら、私たちは親としての務めを果たせないまま一生を終わることになる。それでいいのか」という意味を含んでいるようです。
逆に、子の立場から「親が死んだらどうする」と言っているときには、親が死んだら、生活費の確保、食事や家事など生活のこまごましたことは誰が面倒を見てくれるのか、また葬儀や相続など事務はどうしたらよいのか、という現実的・実践的な心配が主に意味されていることが多いです。
「子とのコミュニケーションが取れない」という不安は「子のことをわかりたい」という切実な希求から出ている焦りでしょう。しかし、それを「子のことをわかって、その先どうする」と問いの段階を変えてみたときに、「子をわかりたい」という気持ちが単に「子のことがわからないという自分の不安から逃れたい」という欲望にすぎなかった、ということもありえます。
こうして2時間半、長期高齢化したひきこもりの問題をめぐって濃密な語り合いがつづきました。
終了後のアンケートでは、「満足」「ほぼ満足」を合わせると回答者の100%を占めました。
終了後も屋外の安全な場所を移して焚火を起こし、暑くもなく寒くもない心地よい晩夏の夜気の中、火を囲んで語り合いはつづきました。
弊団体VOSOTは本年度、他の地方都市へもいくつかお邪魔して出張ひ老会を開かせていただいておりますので、全国で8050問題を始めひきこもりの長期高齢化の問題にお悩みの皆様は、お近くで開催する際にはぜひご参加をご検討いただければ幸いです。
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