03/09/2026
「美味しい香港の湯気は消えない」(呂嘉俊著・三浦裕子訳/中央公論新社/2026年6月)を紹介します。
さまざまな国の料理や味を取り込んで形成されてきた香港の食文化が、時代の変遷とともにどのように変わってきたのか。そして、伝統の味をどうすれば残していけるのか。飲食情報誌のデスクを長年務めた著者・呂氏の問いかけには、鋭さと温かみの両方が宿っています。
例えば、香港ローカルの味の代名詞である叉焼(チャーシュー)。最近の主流が「柔らかく、甘いもの」になってしまったことを嘆き、その理由を冷静に分析しています。
一方で昔の叉焼については、「ひと口かぶりつけば肉汁がじゅわりと出て、香ばしい肉の香りが立ち、歯応えのある食感に、噛めば噛むほど肉の旨味が感じられた」と愛おしそうに懐かしむ。そんな文体にぐっと引き込まれていきます。
表紙を飾る写真は、香港の日常的な朝食である沙嗲牛肉麺(サテービーフ麺)。
かつて東南アジアへ渡った潮州の人々が、現地で肉の串焼きに使われていたサテーソースと出会い、その味を持ち帰ろうとしたのが始まりだそうです。彼らは地元の素材で味を再現し、さらに干しヒラメや干しえびでうま味を加えたソースを作り上げました。それが人の移動とともに香港へ渡り、誰かが麺にかけるとさらに美味しくなることを発見した結果、いつしか大衆食堂の定番朝食メニューになったとのこと。
また、香港の祭事に食べられる伝統の味、焼鵝(ガチョウのロースト)は、パリッとした皮と肉のうま味が醍醐味です。焼き立てがぶつ切りで出される際、「部位ごとにどの順番で食べるべきか」を深掘りした考察には、思わず唸ってしまいました。重層的な楽しみ方の手順を読んでいるだけで、思わずお腹が鳴ってしまいそうになります
香港の「食」の奥深さと、そこに生きる人々の記憶が詰まった一冊。次に香港を訪れる時は、きっとこの本を片手に街を歩くことでしょう。(Y.S)
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