29/05/2026
しおがま未来大使・ピアニスト鶴田美奈子さん
エッセイ85 『鍵穴の向こう側』
みなさん、お元気でしたか。
春から初夏へと季節は変わり、アクティブな感覚が日ごとに増していくのを感じる今日このごろです。
前回から始まったエッセイ『鍵穴の向こう側』。
4月号でも少し触れましたが、この物語は、ペンネーム「たぬきさん」からいただいたお話がひとつのきっかけになっています。
第一章では、故郷へ戻った「彼」が、帰宅した自宅で小さな違和感を覚えた場面が描かれました。
今回は第二章です。
あの夜の「違和感」は、まだ終わっていませんでした。
では――。
第二章 答えのない部屋
家の中には、次々と警察官が入ってきた。
測定器具が置かれ、写真が撮られ、静かな現場検証が続いていく。
彼は、その様子を少し離れた場所から見ていた。
調べれば、きっと何か分かる。
最初はそう思っていた。
だが、結論は違った。
侵入経路が分からない。
窓は壊れていない。
鍵も破られていない。
それでも、確実に誰かが入っている。
警察官たちは首をひねっていた。
彼らにも分からない。
その「分からなさ」が、彼を強く不安にさせた。
むしろ彼は、誰でもいいから「あれは自分がやった」と名乗り出てくれることを望み始めていた。
近くの人でも、隣人でもいい。
そう言ってくれる人がいるだけで、どれほど気が楽になるだろう。
答えがない状態は、思っていた以上に人を消耗させる。
彼は切羽詰まっていた。
なぜなら、明日には故郷でのコンサートが控えていたからだ。
彼はピアノに向かった。
いつものように鍵盤へ指を置く。
だが――。
無機質な音が鳴り続ける。
自分が弾いている感覚が、どこか遠くへ抜け落ちている。
弾けない。
これは、いつもの自分ではない。
彼は静かに鍵盤から手を離した。
部屋には、弾かれなかった音楽だけが残っていた。
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ではまた次回まで――。
鶴田美奈子