18/08/2026
【終戦から81年】
8月は各地で戦没者追悼式が開催されます。一般には8月15日とされる終戦ですが、北海道の立場からは、樺太において15日以降も戦闘が続き、避難・疎開する民間人を含め、多数の犠牲者が出たことにも思いを馳せていかねばなりません。
終戦から81年となりますが、大戦の突入はさらに4年遡った85年前のことになります。さまざまな文献に基づく研究等によれば、当時すでに、国力や経済力の比較から対米英長期戦の困難さを指摘する分析が政府・軍内部にも存在していました。
しかし、精神論や楽観論にとらわれ、権益をめぐる思惑も絡む中、十分な見通しを持てないまま戦争へと突入していったことも指摘されています。
たった4年間で、日本の軍人・軍属の死者は約230万人に上りました。研究者によれば、その約6割にあたる140万人が、栄養失調に起因する病死などを含む広い意味での「餓死」であったとの推計もあります。そして、空襲等で亡くなった民間人も約80万人に上りました。
開戦後、戦局は次第に悪化し、戦争終結を模索する動きも生じましたが、それまでに払った犠牲や戦争目的へのこだわり、軍部や政府内部の意見対立などから決断は先送りされ、戦争は長期化しました。結局、ずるずると継戦し、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下、そしてソ連の対日参戦など、甚大な犠牲と戦局の決定的な悪化を経て、ようやく終戦の決断に至りました。
戦争という行為がいかに愚かかということは勿論のこと、当時の大日本帝国の政権の姿と、現代日本の政権の姿が、どうにも重なるように感じてなりません。勇ましい発言が諌められこともなく、一部の権力者の理屈が優先をされ、事なかれ主義が蔓延する組織の姿は、遠からず国民に大きな不利益をもたらすことにもなります。
恒久平和を唱えつつ、実際はそれに逆行するような政治が行われるのであればまた、やはり変えていかねばなりません。各地の式典に参加をさせていただきながら、さまざまな思いを巡らせるところです。